日本の芸能

日本の芸能は村々における神祭りの場を母胎とした。黎明期の芸能はシャーマニズム儀礼の形をとっていたと考えられている。大和朝廷は祭りの場の歌舞をいち早く芸能化し、猿女氏物部氏がそれを行った。これが神楽のもととなったと考えられている。平安時代にはいると猿楽・田楽が行われるようになった。





中世

鎌倉時代には猿楽・田楽が人気を集めたが、室町時代に入り猿楽が世阿弥らによって能と狂言に発展させられると、田楽は衰退し地方寺社の祭礼芸能として命脈をとどめることになった。





近世

江戸時代には歌舞伎浄瑠璃が人気を集める一方、大衆演芸として落語も人気を集めた。





明治維新以降〜第二次世界大戦

文明開化によって映画や西洋の演劇が日本にも流入した。西洋の演劇のうち芸術性の強いものは新劇と呼ばれ、一方大衆性の強いものが新派商業演劇となった。





第二次世界大戦後

第二次世界大戦終結後、日本が米国によって占領され、音楽の分野においても西洋のポピュラー音楽が多く入ってきた。従来の日本のポピュラー音楽は演歌・歌謡曲が中心だったが、1950年代にはジャズシャンソンが、1960年代後半ザ・ビートルズが来日公演したきっかけでグループサウンズが流行する。さらに1970年代前半にはフォークソングが、1970年代後半にはニューミュージックロックフュージョンシティ・ポップス等が日本人にも受け入れられることになった。
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